ほー原人のブログ

原人からヒトへと進化するための考察。法律関係がメインとなると思います。

テロ等準備罪案についての一考察

【テロ等準備罪を考える】
櫻井よしこ氏「古代の化石のようなことをいまだに言い続けることと、民進党の支持率の低迷は無関係ではない」
2017.5.4 21:28


 櫻井さん自身の変節ぶり、主張の間違い、もはやお約束となった強引な民進党叩きにつなげる詭弁など、ツッコミどころ満載の駄文であるが、重要なポイントについて二点指摘しておく。

テロ等準備罪を新設する組織犯罪処罰法の改正案は「国際組織犯罪防止条約」(TOC条約・パレルモ条約)批准のために必要不可欠な国内担保法である。
 これは間違いである。

「条約、対テロ目的でない」 国連指針を執筆・米教授 「共謀罪」政府説明と矛盾
2017年5月5日05時00分


国際組織犯罪防止条約TOC条約)締結のために政府が必要としている「共謀罪」法案(組織的犯罪処罰法改正案)をめぐり、国連の「立法ガイド」の執筆者が朝日新聞社の取材に応じ、「テロ対策は条約の目的ではない」と明言した。条約の目的について「テロ対策」を強調する日本政府とは異なる見解が示された。
 この朝日記事は従前から法学者・法律実務家らから指摘されていたことを「立法ガイド」起案者のインタビューで裏付けを取ったものである。大変重要なポイントなので立法ガイドの該当部分を見ておく。

国際組織犯罪防止条約の立法ガイド
LEGISLATIVE GUIDES FOR THE IMPLEMENTATION OF THE UNITED NATIONS CONVENTION AGAINST TRANSNATIONAL ORGANIZED CRIME AND THE PROTOCOL THERETO

26. The definition of “organized criminal group” does not include groups
that do not seek to obtain any “financial or other material benefit”. This
would not, in principle, include groups such as some terrorist or insurgent
groups, provided that their goals were purely non-material.
「組織的犯罪集団」の定義は、「財産的あるいはその他の物質的利益」を得ることを目的としない集団を含まない。このことは、原則として、テロリストや反政府集団のような、その目的が純粋に非物質的利益の提供にある集団を含まないということである。(筆者拙訳)

 このように用語法を定義した13ページに明確に記載されている。
 今回、安倍政権は東京五輪のテロ対策を口実に、かつて否決された悲願の共謀罪の成立を目論んだ。しかしテロ対策はそもそも国際組織犯罪防止条約の目的には含まれていない。策士策に溺れるとはこのことだろう。テロ等準備罪は国際組織犯罪防止条約とは何ら関係がなく、したがって批准のために必要不可欠な国内担保法ではない。政府が提出した法案には理由がない。

 次に与党自民議員が作った設例なのだが、これが極めて稚拙なことはともかく、なぜ政府案が不要かを端的に表している。産経が最近好む表現を用いるなら「ブーメラン」ということになるのだろうか。むしろ与党議員による自爆テロに近い。

佐藤正久参院議員(自民)は、テロリストが水源に毒を入れて多くの人を殺害しようと企てたとしても、現行法では実際にテロリストが水源に毒を投げ入れなければ逮捕できないと指摘する。
 ここでの佐藤さんの指摘は、特別法違反の点は除くことが前提と思われる。よって議論が煩雑になるのを避けるため、特別法違反の点は除いて検討する。もちろん「住居侵入罪が必ず成立するやんけ!」というような揚げ足取りをすることが目的でもない。より本質的なツッコミがあるのだ。

 刑法は人の飲用に供する水に異物・毒物を混入する行為を罰する(刑法第15章飲料水に関する罪。142条ないし147条)。しかしこの飲料水に関する罪には未遂処罰規定が置かれていない。したがって、現実に異物・毒物を浄水・水道水に混入しないと犯罪は成立しない。
 犯人が毒物の入ったビンを手に持ってフタを開ける。今まさに毒物を流し込もうとビンを傾ける。未遂処罰規定があれば、ここでは実行の着手が認められるので、未遂罪が成立して逮捕できる。しかし現実には未遂処罰規定がない。したがって、そのまま毒物をたらすのを見届けて、浄水面上に毒物が触れた瞬間に初めて逮捕できることになる。
 これは不都合ではないか。おかしいではないか。というのがここでの問題意識であろう。

 まず初歩的な間違いを訂正しておく。
 刑法がいう水道水はもちろん浄水というのは、そのまま人が飲用に用いる程度に清浄な水であることを要する。したがって例えばダム、あるいは用水堰のような「水源」に毒物を流したとしても、飲料水に関する罪は成立しない。よって、ここでは「水源」を「井戸」あるいは「浄水場」と読み替えることにする。
 我々が普段口にする水。生命の維持になくてはならない水。毒物を混入しようとしてるテロリストを発見したにも関わらず、水に毒物を混入し終えるまで待たないと逮捕できない。確かに不都合だ。未然に防止するためにもテロ等準備罪が必要だ。そう考えた人は安倍政権に、自民党とその御用言論人に騙されている。
 刑法の第15章に未遂処罰規定を作るだけで十分なのである。テロ等準備罪などという277個もの広範な犯罪に準備罪を設ける必要はない。

以上