ほー原人のブログ

原人からヒトへと進化するための考察。法律関係がメインとなると思います。

共謀罪法案採決に透けて見えたポピュリズム

 今回の通常国会(第193回国会)に提出されていたいわゆる共謀罪法案(テロ等準備罪、より正確には組織犯罪処罰法改正法案)が可決された。法案の可決自体は現在の与党の圧倒的議席数からみて予想できた結果ではある。驚いたのは参議院での採決の手続で通常とは異なる手続が採られたことだ。
 まず通常の法律案を審議する手続を確認しておこう。
 法律案は衆参両院で可決されたときに成立して、法律となるのが原則である。国会は衆参二院制が採られているので、先議の院の(1)委員会、(2)本会議、後議の院の(3)委員会、(4)本会議と4回の表決(採決)を経ると成立することになる。採決は会議体の原則とおり過半数で可決する。
 法案の修正や後議の院で否決されるなどがなければ、通常はこの4回の表決によって法律は作られる。
 ここで委員会とは、各議院の本会議とは別に設けられた会議体である。国政はきわめて多岐の分野に及ぶことから、審議される議案も多種多様な分野に及ぶ。理想はすべての国会議員がすべての分野に精通して、全員ですべての議案に徹底した審議を尽くすことだ。しかし現実には難しい。そこで各議院にいくつかの委員会を設置し、議員は自分の専門性が活かせる委員会に所属する(*1)。審議対象となる議案は本会議の前に最も関係が深い委員会に付託される。これによって集中的に専門的な審査を可能とするのである。善悪はともかく、現実に本会議より委員会審査の方で実質的な争点に関する質疑が行われることが多い。

 今回の共謀罪法案は衆議院先議で提出され、5月19日に法務委員会、23日に本会議で採決された。その後、参議院に送付され、昨日6月14日まで参院法務委員会に付託され審査されていた。15日未明から参議院本会議で中間報告を行う動議が可決され、本会議採決の動議がなされ、早朝7時過ぎに本会議で可決された。

 ここで関係する条文を確認しておこう。

参議院規則
第73条 常任委員会が調査中の事件について、議院に中間報告しようとするときは、委員長から書面でその旨を議長に申し出なければならない。
 前項の要求があつたときは、議長は、これを議院に諮らなければならない。
※法務委員会は常任委員会の一つである。

国会法
第五十六条の三  各議院は、委員会の審査中の案件について特に必要があるときは、中間報告を求めることができる。
○2  前項の中間報告があつた案件について、議院が特に緊急を要すると認めたときは、委員会の審査に期限を附け又は議院の会議において審議することができる。
○3  委員会の審査に期限を附けた場合、その期間内に審査を終らなかつたときは、議院の会議においてこれを審議するものとする。但し、議院は、委員会の要求により、審査期間を延長することができる。

 
 中間報告については、委員会の側から行う参議院規則73条による場合と本会議の側から求める国会法56条の3の場合の2つがある。今回は後者の場合で本会議から求める決議がなされた。国会法56条の3の中間報告がなされた案件は、同2項が定める一定の要件の下で、そのまま本会議の審議に付することができる。本会議では、他に特段の定めがなければ、会議体の一般原則として審議中に構成員たる議員が各種動議を発議することができるし、その中には採決の緊急動議も含まれることになるだろう。今回はこの手続が用いられた。

 それではこの採決が正当なものと言えるか検討してみよう。
 まず要件の面で「議院が特に緊急を要すると認めたとき」、つまり委員会の審査を途中で打ち切って表決を回避し、本会議に付するほどの緊急性があったかが問題となる。仮に政府が主張するように、TOC条約の締結に共謀罪が必要不可欠なのだとしても(*2)、第二次安倍内閣発足から数えても丸4年以上国会提出してこなかった法案、条約締結にいまさらそこまでの緊急性があるはずがない。さらに東京五輪のテロ対策に必要不可欠な法制なのだとしても(*3)、まだ五輪まで丸3年以上ある。
 中間報告からの本会議採決が一応法定されている制度とはいえ、あえて特殊な議決方法を用いるような「緊急性」があるとは到底いえない。野党が批判するように、事実上、委員会の審査から逃げて採決を強行した意味が強いだろう。

 今回の異常性は議席数の面からもうかがうことができる。
 参議院法務委員会は定数20人。このうち自民党9(参議院議長職にあるため会派を離脱して無所属となっている伊達忠一氏を加えると10)、公明党2、日本維新の会1。このように賛成派は少なくとも13/20を抑えており、通常の表決で十分に委員会通過可能な状況にある。
 また参議院本会議の全議席数は242。現在、与党会派は自民党121、自民党と会派を共にする日本の心2、無所属3、公明党25。これに共謀罪法案に賛成して、安倍自民と歩調を合わせることが多い補完勢力である日本維新の会12。
 以上を足し合わせると、163人が共謀罪法案に賛成することが見込まれる。これは憲法改正の発議に必要な総議員の2/3以上、162議席をも上回る。その他の与党とともに行動する可能性がある日本を元気にする会など泡沫無所属の力を借りる必要性すらない。
 共謀罪法案は通常通りのやり方で、まず参議院委員会表決をして本会議に報告、審議、表決するという手続で成立させることができたはずなのだ。日程的にも、通常国会の会期は6月18日までで、23日告示の都議会選挙を見越しても数日なら延長可能である(*4)。今回のような手順を採る必然性はまったく見当たらない。

 従来日本の刑法は、犯罪行為としての類型性が弱く、危険性が低い予備・準備行為の処罰を例外としてきた。今回の共謀罪法案は、2人以上の共謀がある場合のみとはいえ(*5)、予備・準備行為の処罰を逆に原則とするほど広範なものである。刑法という社会の基盤を形成し、国民の人身の自由に直結する法典の原則と例外を入れ替える法案審議のあり方としては、きわめて拙速かつ本筋から外れた手法と非難されるべきである。

 では、安倍内閣、与党自公、および補完勢力の日本維新は、国会で圧倒的議席数を保有しているにも関わらず、あえてこのような乱暴な手続を行った動機はどこにあるのだろうか。僕はここには2つの狙いが隠されていると推測している。
 第一に彼らの野心である憲法改正を実現する地ならしである。5月3日に安倍首相(本人は自由民主党総裁衆議院議員としての発言とうそぶく)が憲法改正に具体的に言及したビデオメッセージが公開されて以来、現在の衆議院議員の任期が満了する2018年12月までに憲法改正発議を目指す動きが加速している。
 それまでに、従来の慣例を一つでも二つでも破ってみせることで、先例などないがしろにしても構わないものなのだという空気を国民の間に醸成する。少しでも憲法改正国民投票を賛成有利に傾かせたいのだ。
 第二に現在の安倍自民や日本維新の支持層へのアピールである。近年ネット世論を中心に従来型のいわゆるサヨク、リベラルに対して反発する層が急速に拡大した(*6)。彼らの特徴は単なる反サヨク、リベラル嫌いである。さしたる知識も知能も持ち合わせていない。既存メディア、野党、有識者らが批判するなら逆に良いことだと逆張りで判断する。そういう自分たちが気に食わない連中が嫌がること、悔しがることをやってのける自民や日本維新を支持して一体感を感じることに喜びを感じる。今の自民そして日本維新はこうした層を支持層に取り込んでいる。
 今回の強行なやり方はこのような連中をさらに熱狂させ、支持層を強固に固めることにつながると値踏みしたのだろう。
 どこまでいっても私利私欲のみで外連味(けれんみ)にまみれた発想しかもたないのが安倍内閣である。そもそもテロ等準備罪という政府略称からして羊頭狗肉である。
 日本の有権者の大多数は極論によらない程度にはバランス感覚を備えている(*7)。だがしかし、そのような良識ある多数派のアパシー政治的無関心、不感症とでも言うべきか)が続く限り、安倍内閣によるチープなポピュリズムは続くことになる。

以上

*1 国会議員は経歴を見ても分かるとおり、僕たち一般人から比べると極めて優秀な人が多い。しかしその人の専門分野の委員会に固定で所属するとは限らない。また、世襲、有名人の中には、基本的素養に疑問があるのに当選してしまう人もいる。所属委員会で勉強するという本末転倒な面があることは否定できない。

*2 もちろん不可欠ではない。

*3 テロ対策とも関連性があるとは言えない。参院法務委員会委員でもある自民党法務部会長の古川俊治氏も認めていたとおり、当初から「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団による実行準備行為を伴う重大犯罪遂行の計画等」(法案提出理由)の「その他」、「等」の方に重点が置かれていた。
 また政府答弁でも途中からテロ対策は消えることになる。

*4 森友学園土地不正値引き問題、加計学園獣医学部不正認可問題など、第一次からお約束の首相のお友達優遇スキャンダルが噴出している都合上、政府与党は一日も早く国会を閉会したいという都合はある。

*5 むしろ従来予備罪がなかった犯罪に広範な共謀共同正犯を創設したともいえる。この要件も、準備行為を行っていない者まで処罰されうる分、単独犯のみ処罰する場合より外延が不明瞭に拡大されたと評価するべきなのかもしれない。

*6 ようするにネトウヨ、アフィチルと呼ばれる有象無象のこと。しかし扇動的でネット上でデマの拡散に大きく貢献するので、彼らの影響力はバカにできない。

*7 そのように信じたい。もっとも秩序を守る国民性ということは、空気に流されやすく、全体主義的なしつけがなされてる面はある。